「リングワンダリング」という言葉を聞いたことはありますか?
日本語では「輪形彷徨」(りんけいほうこう)と言いいます。
登山用語としてご存知の方もいるでしょう。
吹雪や霧などで視界が遮られてしまった状態では、人は方向感覚を失い、無意識のうちに円を描くようにグルグルと同一エリアを歩いてしまうことがあるようです。
なぜ円形に彷徨うのか?
人の体に利き手があるように、利き目や利き耳もあります。
そして、もちろん脚にも利き脚があるのです。
方向感覚を失った時、その利き脚の影響や歩き方の癖などが原因となり、進行方向が常に同じ向きになってしまうため、円を描くようにグルグルと同じ場所を歩き続けてしまうのです。
目印となる特別な風景や建物等が無いエリアや平坦な山岳、暗闇の中などにおいては尚更です。
また、リングワンダリングによって、高い山に限らずとも、方向感覚が狂わされ山岳遭難することもあるでしょう。
歩いても歩いても目的地に辿り着けない、どうやら同じ所を何度も歩いているようだ、と気がついた時には、もう自分がどこに向かっているのかもわからなくなっているのです。
これは、人生でも言えることです。
ひたすら進む、目的地・目標に向かって。
しかし、なかなか辿り着けない。止まることも引き返すことも出来ない。
グルグルと円形に彷徨い続け、迷いの世界から抜け出せなくなってしまいそうなことも。
焦れば焦るほど、動きたくなってしまうのはよくわかります。
私も人生の方向感覚を失い、リングワンダリングを経験したことはあります。
一度立ち止まってみることです。
リングワンダリングに気がつくことです。
そして、下を向いている顔を上げて、空を仰ぎ見ることです。
天を見上げるのです。
雪山でも砂漠でも人生でも、視界を遮られ目指すべき地を見失ったのなら
歩みを止めて、空を見上げて「リングワンダリング」と呟きましょう。
あなたの発した言葉は言霊となってあなたの耳に入り、リングワンダリングから解放されるでしょう。
やがて視界が晴れ、青空が見えるでしょう。
地球は大いなるチカラによって誕生し、誕生した以上は終焉を迎えるのが自然の摂理です。
命・年齢は止まってくれませんので、なるべく人生を彷徨わないようにしたいものです。
しかし、彷徨うことも100%悪いことでは無いことも知っていてほしいです。
経験すること、傷つくこと、痛みを知ること、遠回りすること。
すべてが、人をまろやかにしてくれるスパイスとして、人を深みのある人間へと育ててくれるからです。
矛盾していますが、人生多少彷徨って
愛嬌ある人間になりたい、私はそう思っているのです。
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